glasses

それはある日の夜のことで、あと半刻もすれば日付が変わる頃、おれは内回りの山手線に乗っていた。吊革に捕まりゆらゆらと揺られると、意識がぼんやり遠ざかる気がする。だけどそれはたぶん気のせいで、一日の疲労感が眠気を誘っているのだろう。耳に飛び込…

KINO

学生の頃にアルバイトをしていたレストランは2つあって、20の時に働いていたイタリアン、22の時に働いていたフレンチ、そのどちらもオーナーとは今も連絡を取り合っていて、近くに行くことがあると顔を出すようにしている。先日、一年ぶりにフレンチの方に訪…

OTEMOTO

ある日の昼に定食屋で職場の人々とメシを食いながら雑談している時に「新興宗教の教祖とかイケそうだよね」ということを言われた。大変に心外である。一体どのようなイメージを持たれていたらそんな言葉を頂戴するのだろうか。断固たる遺憾の意を示しつつ「…

YKHM

気分よく一日を過ごす秘訣はいくつかあって朝起きてベッドから這い出しカーテンの隙間から青空が覗いていた時なんかはそれだけで今日はいい日になるなァと思う。天気というのは神様の気分次第なのでどうにもならないが秘訣というのはそういうものだ。 ある日…

iPhoneのプレゼンの時に壁紙をクマノミにしたのが気に入らなかった。なんでクマノミなのだ。何か理由があるのだろうけれどおれはそれを知らない。クマノミでなくて別の壁紙を使った方がきっともっと格好良かったとおれは今でも思っている

四十九日法要も終わったのでスティーブのことを書く。 その日はSMSの着信音で目が覚めた。iPhoneを掴むと画面には"Steve Jobs passed away"というメッセージが表示されていた。おれは職場に出掛けて、部屋の隅に転がっていたColor Classicにスティーブの写真…

Lakers Beat Knicks

そんなはずはない、と。おれはそう思った。きっと何かの間違いだと。きっとそうなのだ。人間の味覚というやつは本当にいい加減なもので料理の味なんてものは決して料理そのものだけで決まることはない。これは経験上真理であるとおれは思っていて「ジャパニ…

名称未設定

つらつら。 今年の夏も意味不明の日本語を羅列して印刷したものを有明まで持っていった。「ブラック研究室の見抜き方」などと題したこんなものを印刷して値段をつけようなどというおれも阿呆だがこんなものを欲しがる阿呆な人々が大勢居たことにも驚きを隠せ…

mille

五月晴れとは梅雨の合間の青空の様子を表す言葉であるからそう呼ぶのは適切ではないのだけれどもそれはよく晴れた五月のある日のことで、その日は師匠と三島へ出張に出かけた。以前初めて訪れた際の三島の空は雨上がりでどんよりとした灰色の雲に覆われてい…

Voglio solo vivere senza prendersi cura degli altri

手袋を持って出なかったことを後悔した。かじかんだ手を摺り合せながら息を吹きかけ温めようとするその様子はまるで神様に祈っているかのようで、だけど神様は多分おれよりももっと大変な目に遭っている人たちを助けるのに忙しいだろうとも思う。サンタクロ…

build a ship in a bottle

蒐集癖というのだろうか。何かものを集めたがる習性というのは、一見して生物学的には何の意味もないようで、だけど何かに突き動かされているようで実に不思議だ。グッズであったり本であったりとにかく人は色々なものを集めたがるね。集めて何かするとかそ…

Walk On

少し前にコンバースのスニーカーを買った。神戸の古着屋で買ったハイカットのオールスター、色はワインレッド。型が少し古いらしくて、細長い形をしているのが結構気に入っている。スニーカーは履き潰してナンボだと思っているから、雨の日だろうがストリー…

踝が地上6000m

おれの声が神様に届いた。 学生最後の夏休みだから日本一高い山に登ろうと言うが、どうせ登るなら富士山だなんてスケールの小さいことを言っていないでエベレストにでも登ってきたらどうだ、というような話を少し前におれはここに書いた。すると驚いたことに…

婦人靴踵取替各種税込千二百円

無表情にしかし情け容赦なく八月の終わりを告げるカレンダーの寸分狂わぬ仕事っぷりを恨めしそうに睨みつつ課題に追われる義務教育時代の夏休みの記憶は既に忘れて久しいが最後の抵抗とばかりに熱エネルギーを北半球に照射し続ける晩夏の太陽の砲撃で蕩けた…

ヒールを履いて山登りなんて信じられないと思っていたら彼女はおもむろに靴を脱ぎピンヒールを岩に突き刺して断崖絶壁を登っていった

友人達がこぞって富士山に登っている。次の大河ドラマで竹取物語でもやるのかと思ったらそうではないらしい。最近はパワースポットとやらが流行っていると聞いた。じゃあ、霊峰富士に何かしら超自然的エネルギーを浴びに行くのか、と尋ねると、いや、別に、…

dive into summer

「ねえ、東尋坊に行かない?」 連休はどこかに遊びに行きたいね、という話をしていて、じゃあどこに行こうかと相談している時に、ふと彼女がそう言った。どこ、それ。知らないなあ。聞き慣れない単語を何の気なしに検索ボックスに放り込んでみると、かくして…

loser(s)

「それでもサッカー人生は続いていく」 日本代表がパラグアイ代表にPK戦で負けた後のインタビューで選手たちは皆同じようなことを口にした。精一杯戦った。世界を驚かせた。だが目標には届かなかった。あと一歩というところで勝利を逃してしまった。無念、後…

Triangle

人の流れに従ってゲートを潜り、スタジアムを出る。すっかり日も沈んで暗くなった空の下、ぞろぞろと往く行列を照らす街灯の光が浮かび上がらせたのは、何かが吹っ切れたような、いくつもの苦笑いだった。みな同じユニフォームを着て、国旗を羽織ったり、フ…

handmade yellow - keep on walking (never stop)

マーガリンをスプーンでたっぷり二杯、鍋に溶かして温めて。薄切りにした玉ねぎを弱火でじっくり炒めたら、粉っぽくなりすぎないように小麦粉を。木べらで馴染ませ、温めた牛乳を少しずつ加えて、その度によくかき混ぜて、塩と白胡椒で味を見ながら、なめら…

just keeping chasing pavement

受け入れることが強さ、なのかもなあと。そんなことを考えていた。 人それぞれ色んな想いがあって、みんなそれを抱えて日々を過ごしていて。 それは、すべてが他人と共有出来る素敵なものでは、きっとない。 嫌なものから目を逸らすのは簡単だけど、だけどそ…

stay

五年前に初めて親元を離れて一人暮らしを始めた時も不思議と寂しいと思うことはなくて。実家に居た時から家事はよくやる方だったし、何よりも料理は大好きだったし、一人で生活することが大変だと思うこともなくて、家族と暮らしているのが嫌だったわけでは…

Cancer Cell

システムなんかクソ喰らえという話。 中学時代の終わり、おれは高校受験なんかクソだ、と叫んでいた。しかしどうすることも出来なかったので半ベソでトライしたら、それをパスして過ごした高校時代はとても楽しかった。続いて高校時代の終わりには大学入試な…

Special

連休のある日、二人でふらりと代官山へ出かけた。昼間は日照りが強く、汗ばむほどに気温の高かったその日も、日が沈んで辺りが暗くなり始めた頃には随分と過ごしやすくなって、時折吹き抜ける涼しい風が、歩き疲れた身体に心地良い。左腕に絡められた細い腕…

不器用な君へ

煙草を止めた。 結局のところそれはおれには似合わないと思ったからだ。いくつでも考えられる煙草を吸う理由はしかしそのどれもがおれに合っているとは思えなくて、だったら理由もないのに別に無理をして続ける必要もない。だから、止めた。簡単な話だ。空腹…

Even a dog can't eat it

料理の話。 食欲という欲求はおそらく全生物が持ちうるもので、それはすなわち個体の生存本能に起因するものなのだろうけれど「美味しいものを食べたい」という感覚がここまで高度に発達しているのは人間だけなのではないかな。生物が快楽を覚える事柄はほぼ…

それぞれの現在・過去・未来

東京に来て一年が過ぎた。 色々なことがあった。大学院、新しいラボ。親しかった人々と離れ、新しい仕事を始めて、うまくいったこと、うまくいかなかったこと。激変した環境のせいで、何度も叩き潰され、その度に死にそうな思いをして這い上がって。これまで…

Per te, amore mio.

ラジオから流れる音楽は四畳半の部屋を満たすには十分でも、彼女の眠りを妨げるほどではなかった。二人分の体温で温められたブランケットからそっと抜け出して、静かに上下する肩へとかけてやると、んっ、と小さな声が漏れた。目を覚まさないように、そっと…

temperar

その日は食堂も購買も閉まっていたので、学外に昼食を食べに行くことになった。普段はお金を節約するために具の入っていないラーメンやパサパサしたサンドイッチを泣きながら食べているのだが、折角外に出るのならば美味しいものを食べよう、たまには贅沢を…

M&A

医学と芸術展に行ってきた。 "芸術、美術の題材として我々自身、つまり「人間」を扱う時、その題材をより深く知る、追究すること、それが医学だった"。芸術の出発点としての科学、医学という意味では、科博的な意味合いの強かった(と聞いているだけでおれは…

僕らがずっと前に描いていた未来が来ることは永遠になくていつだって代わりに僕らが想像もしなかった世界がここにある

"Latest Creation"の話。 要は「必要なものは何なのか」という話なんだと思う。iMac, MacBook, iPhone, そこに噂されていたタッチパネル式のデバイスが加わる、そういう流れから必然的に新しく出るプロダクトはそれらの間隙を埋めるようなものであるだろうと…

Piazza Tasso

坂を降りて街中へと戻った後、ふらりと公園まで足を伸ばした。公園の中には、四方をフェンスに囲まれた小さなコートがあり、十数人の少年たちがボールを蹴って遊んでいる。なんとなく足を止めて、しばらくその様子に見入っていた。時間はもう夕方。昼間の暑…