Wine Is Not Extraordinary

ボジョレー・ヌーヴォーの解禁日だから…という訳でもないのだけれど。
前々から書きたかった葡萄酒についてのあれやこれやを今日は書く。


俺自身は特にワインについて詳しいわけではない。
ソムリエを目指しているなんてこともないし、一口飲んだだけで、
これはどこそこのシャトーの何年ものだね、なんて当てられる
ワイン通でも勿論ない。ただ少しミーハーな家庭で育ったおかげで
洋食が好きで、ごく自然に、それに合うお酒としてワインが好きに
なっただけ。だから、あれやこれやとクドい専門的な話や、
飲み会やデートの小ネタに使えるワインについての知識なんてものを
ここで書いたりするつもりはないよ。


ワインへの認識、ワインとの付き合い方。こんな風にワインというお酒を
捉えるのはどうでしょう?という提案。それについて、少しだけ。









四年程前。俺が街の小さな、でもとてもお洒落なワインショップに
一人で出向いた時の話だ。


薄暗く少しひんやりとした店内へ、俺は恐る恐るドアを開けて入った。
そう広くない店内、壁と中央のテーブルにはぎっしりとワインが置かれ
そのどれもにカードが添えてある。カードには産地やワイナリー、
生産年などの情報が書いてあった。
店の奥では三十代中盤くらいに見えるお店の人と、それよりも
少し歳が離れていそうな常連と思しきお客さんが話をしている。
俺がワインをあれこれ眺めていると、その二人の会話が聞こえてきた。
「ここのは去年よりも随分よくなったらしいね」
「そうですね、—のものは今年は非常にいい。—年以来ですよ、
 香りもいいですし、酸味のバランスがとれている」
いかにもワイン通の会話、というような。内容は分からなかったけれど、
感心しながら聞き耳を立てていた。ひとしきり話すと満足したのか、
客は帰って行った。店内は俺とまだ若い店主の二人だけになった。
「何か分からないことがありましたらお尋ね下さい」
外見の割に落ち着いた雰囲気の店主は、そう声をかけてくれた。
ワインは好きなんだけれども、どういったものがどういう味であったりとか、
選び方の基準というものがよく分からない。素直にそう伝えると店主は微笑み
「ワインはね、そうごちゃごちゃと考えなくていいんです。美味しいものを、
 何も考えず美味しく飲めばいいんですよ」
さっきまでの会話は一体何だったんだ?だけど、それ以上にその言葉が
俺にはとてもしっくりと、心にしみ込んだことを覚えている。
「ウチは全て私が試飲して美味しいと思ったものだけを置いていますから…
 もちろんそれぞれ個性はありますが。大雑把でも構いません、
 どんなものがお好きですか?」




上等の背広、もしくはドレスでおめかしして、高級なレストランへ。
真っ白なテーブルクロスと磨き上げられた銀色のシルバーセットの上で
綺麗なグラスに入った赤いワインを、ゆっくりと掲げ乾杯…
数年前のワインブームによってこの国でも大分ワインは身近になったけれど
まだそういった高級、上品、所謂「ハレ」の日の飲み物という印象が強い人も
少なくない。もちろん高いお金を出して価値あるワインを飲んだり、
銘柄やヴィンテージの良し悪しについて語ることもワインの楽しみ方の一つだ。
それを否定はしないけれど、ワインの常識や形式に囚われず純粋に、
美味しいワインを探し求めそれを素直に美味しく飲む、という楽しみ方、
そういった付き合い方もいいんじゃないか。
店主さんが言いたかったことはそういうことなんじゃないかと思う。
正直、目から鱗だった。









これはまた別の話、俺が山梨にワイナリー巡りに行った時にとある小さな
ワイナリーの店主さんにお話を聞いた時のこと。特に拘りなく、美味しい
テーブルワインを探すのが楽しい、という俺に同意して下さって、さらに
こんなことを教えてくれた。
曰く、お金をかければどんな小さなシャトーだってそれなりに美味しい
ワインは作れるものなのだ、と。だけど実際に売れるワインの大半は、
日本で言うと1000円〜2000円の値段帯のもの。だからどのメーカーも
その値段で出しているワインに一番力を注いでいるそうだ。
逆に言えばその値段で美味しいワインがあるところなら、それ以上の
値段で売られているワインの質は保証されたようなもの。
当たりもあればハズレもあるだろうけど、でもそうやって宝探しのような
感覚でワインを楽しむのもアリだと思うよ、と。




俺はこの二つ以外にも色々な人にワインにまつわる話を聞いて、今では
ワインがない生活が考えられないくらいより身近なものになった。
だから、ワインは好きじゃないからちょっと…という人や、ワインは
好きだけど何を買っていいかわからないし、という人にこっそり教える
俺のワイン三ヶ条。




1. ワインを飲むのに気を張らない。
特別な日じゃなくていい。和食のご飯でワイン飲んでもいいし、
昼間からワイン飲んだっていい(でも飲んだら運転しちゃだめだよ)。
ワイングラスがない?飲酒運転は違法だけど普通のグラスでワインを
飲んじゃいけないという法律は本場ヨーロッパにもないから大丈夫。
俺の家のワイングラスはもうインテリアになりつつある。


2. ワインについて分からなければ聞け。
詳しい友人と一緒に買いに行ってもいいし、ワインショップの人に
聞いてもいい。「酸っぱいのは苦手」とか「ガツンと来るのがいい」とか
そんな適当な表現でもいい、いいお店ならきっといいものを教えてくれる。
面白い小話を聞くことも出来るかもしれない。


3. ワインに高いお金を出さなくてもいい。
1000円くらいでも美味しいワインは沢山ある。何千円も出さないと
美味しいワインに出会えないと思っている人は、きっと選び方がよくないか
舌が肥え過ぎてる。前述の通り、ワインを専門で売っているお店に
勇気を出して行ってみて、お店の人に聞くといいんじゃないだろうか。
舌が肥えてると思ってる人は高いワインを一本買って、その後はそのボトルに
安いワインを詰め替えて飲むと幸せになれるだろうさ。


ワインの味や産地、年代など細かい違いなんてものは気にしたら負けだ。
もちろん、それを知ればさらに世界が広がるのは間違いないけれど、
そういった知識や型が先行してしまうと素直に楽しめないんじゃないかな、と
個人的に思うから。









いいものはいい、細かいことはどうだっていい—それは俺の理想とする生き方で。
100本美味しいワインを買って100回同じ味より、100本色々なワインを買って
100回美味しかったり不味かったりの方がいい—だって人生ってそんなものでしょ。