(is it really) a beautiful word

小さい頃からマンガを読むのは好きだったのだけれど、マンガを描いている人々がなぜ「シメキリ」というものを恐れ憎んでいるのかというのが幼い時分のおれにはよく理解出来なかった。なつやすみの宿題のようなものなのかな?出さないと、先生に怒られるだろう。でも大丈夫さ。計算ドリルなんて、一番後ろの答えを丸写しして、丸写しがバレないように一個か二個くらいわざと間違えておけば、先生は気付かないから。


ああ、人間は年を経るごとに様々なことを学ぶのだな!「締め切り」という単語、俺の肩に十年来の背後霊(それはもはや守護霊かもしれないが、これに関しては断固拒否だ)のようにまとわりついていたその忌々しいものを取り除いた時に得られる爽快感と言ったら!おれは平泳ぎでオリンピックに出たことはないけど、金メダルというのは多分これくらい気持ちいいのではないかな。


卒論提出日が過ぎたというだけなのに、三年は若返ったみたいにエネルギーが迸ってくるぜ。いやはや。









畏れ多くも友人でありリスペクトすべき先達でもあるid:T_Hashさんからこの始めて間もないweblogをご紹介頂いてしまった。わーお。




魅力的な文章を書く人がいる。 - ミームの死骸を待ちながら




多方面においてエネルギッシュに動く彼のことを一言で表すのは難しいのだけれど、その間柄というのはバイオ繋がり。Twitterで知り合って、今年はおれが一方的に年賀状を送りつけたくらいには大変仲がいいと思っている。同年代の友人の中でも尊敬に値する数少ない人物の一人だ。おれが豊胸ウイルスを開発・世界にばら撒くバイオテロを起こす際にはきっと大きな協力が得られるだろうと思っているよ。


ブログでも人々の注目を集める興味深いエントリを連発しているアルファブロガァ、そんな彼に「文章が魅力的だ」と言われてしまった。さすがに驚いたけれど、「『痛ンブラー』勢ぞろい」の時に培われたタフさをもってすればこの程度、なんてことはないさ。だって、信じられるか?ヤフーニュースの新着ニュース欄にある謎の記事をクリックすると俺の顔が出てくるんだぜ!エキセントリックインターネッツ


それはともかくとして、「語りかけるような、独白のような、その独特のリズムには読み手を惹きつけてやまない何かがある。」インターネットで文章を書き始めてからもう五年くらいになるけど、そんなに大仰に褒められたのははじめてだ。こんな風に言われるのはすごく嬉しいね。でも、こういうハッピーな時は得てして事故に遭いやすいから、おれは今日の昼のフットサルの予定をどうしようか迷っているんだ。念願叶ってドイツW杯に行ったその年の秋に靱帯断裂で今季絶望刑を喰らったことはもうトラウマの域だもの。









そんな風におれの文章に興味を持ってもらえるのはとても光栄だ。件のエントリの後で、はっしゅさんはご自身の文章についても考察をしておられるんだけど、それに倣っておれも少しものを書くこと、特にブログの文章というものについて考えてみよう。


「ブログに書く記事にはその人独自の色が出ていないともったいない」とはっしゅさんは言っておられる。うん、それはそうだと思うね。ブログのネタとして取り上げられるものにはいろいろあるけど、例えば、ビジネスやテクノロジーライフハックの話題はそれ自体がある程度の価値をもっている。でも、それについて語るたくさんの人の中で、誰も思いつかないような捉え方、論理でそれについて語るものだけが面白い記事になるんじゃないかな。逆に言えば、ネタそのものにあまり価値がないと面白い記事を書くのはより困難になる…例えば、四年生大学に通うアニメとサッカーと料理が好きな野郎の日常であるとかね。そんな奴らはきっと世の中ごまんといる、普通に書いたんじゃ面白くない。それを面白くできるのは、より斬新な「出来事への切り口・アプローチ」もしくは素晴らしい「語り口・文体」いわゆる文章のスキルになってくる。結局「面白い記事」っていうのは「人と違う視点」と「人と違う面白い文章」がキモになる。






…少し休憩しないか?おれはこういう文章を書くのは実はそんなに得意じゃない。経済や教育について語るよりもスケッチブックにポエムでも書いていたい人間だからね…






オーケー。ではその上で、おれの文章だ。はっしゅさんはアウトプットを通して自分の考えを整理するという意味合いがブログに強いみたいだけど、おれは違う。おれの文章はアートなんだ。


…常にそこまで強く意識しているわけじゃないから、誤解して欲しくはないんだけれど、こういう理屈だ。
おれの回りには絵を描くのが上手かったり、曲を作れる人がいたり、工作が上手だったり、プロダクトデザインを仕事にしてる人がいたり、そういった「それまでになかったものを創る」能力に秀でた人が昔から多かった。クリエイティブ、というと最近ではその言葉の価値が下がっている気がするけど、そういう人におれは憧れてた。なにせ、おれはネコを描いたら「クマ?」と聞かれるし、鼻歌を歌うと母上に「うるさい!この音痴!」と罵られたし、実家の倉庫には作りかけという名の見捨てられた工作機械の残骸が山積みだ。そんなおれが唯一得意だったのが文章を書くことで、だからおれはそれを通じて彼らがしているようなことを実現したかった。


情報や意見を伝えるために生まれた「言葉」だけど、こと日本語に関しては、それ以上に文章に感情を込めることができると思ってる。だから、綺麗な絵を見た時や、格好良い曲を聴いた時や、クールなデザインに出会った時に得るあの言いようのない「感覚」を表現する、それを文章で実現出来たらなあ、と。まあ、普段はそこまで意識はしないけれどね。


だから、おれに関しては、文章中で取り上げられているネタには本質的に意味がない。それを通じておれの感性を汲み取ってもらえて、それを「うーん、いいねえ」とニヤニヤしてもらえればそれが俺の本望だ。だから、はっしゅさんがおれの文章に対して述べてくれた感想は本当に嬉しいね。別に「そうかiNutは女の子よりもアリが好きなのか」ということを言って貰いたくて文章書いてるわけじゃないし。




…そろそろいいだろうか。
うん、「また」なんだ。すまない。
でも、言わずにはいられないんだ…










まあそんなことどうでもいいからみんな食材持ってウチに来ないか?昨晩仕込んだトマトソースがすごくいい出来具合なんだ。ワインもある。パーティしようぜ!