LIB


就職活動してきた。




と言っても企業の説明会に行ったとか、セミナーに行ってきたとか、面接受けてきたとか、そういった類いじゃあない。日本の大学四年生、マスターコースの一年生もそうだけど、彼らが大好きなああいったイベント、いわゆる「シューカツ」というやつがおれはあまり好きではないんだ…。ともかく、慣れないスーツを着込んで眉間にシワを寄せる春の風物詩に参加する意志はいまのところおれにはない。じゃあ何をしてきたかって?一言で言うとこうだ、「オーサカ行ってワイン飲んできた」。


おれのことをよく知る人ならきっと期待通りの反応をしてくれるだろう、「いつもと同じじゃないか!」ってね。まあ、いいじゃないか。好きなんだから。


現在同じレストランでウェイターとして働いている同僚に、「ツナマヨ君」と呼ばれる同い年の兄ちゃんがいるのだが、おれと同じくワイン好きでソムリエの資格試験のために勉強している彼に、大阪でワインセミナーがあるから一緒に行かないか、と誘われた。奇妙な彼の渾名に関してはここでは置いておこう。彼の誘いに二つ返事で快諾し、おれは先週の木曜日の夜、淀屋橋にあるワインショップ・Cave de Terreへ赴いたというわけだ。


実はワインセミナーというものに参加するのは始めてだったのだが、今回のそれは海外の醸造家を招いて、その作り手のワインを試飲しながら、本人からそのワインについての色々を説明してもらうというものだった。オーストリア生まれの30歳(作り手としては比較的若いと思う)、ハンガリーに畑を持つFranz Reinhard Weninger氏が今回のゲストということだった。


開始時間は19時。大学の用事を済ませてから向かうつもりがこんな時だけ(ああ忌々しい!)長引いて、おれが店に到着したのはセミナーがすでに始まって少し時間が経ってからだった。しかしそれでも、路地裏にひっそりと構えられた目立たない店におれが直行出来たのも相棒のJukkaことiPhone 3Gあってのおかげである。電車の乗り換えと地下鉄の出口と店の場所をiPhoneが瞬時に検索してくれたおかげで、おれはその後貴重な時間を最大限楽しむことが出来た。ありがとうiPhone!持ってて良かったiPhone!!


あだしことはさておきつ。さて、セミナーではFranz氏のワイナリーで作られた4本のワインが紹介された。出されたワインに関する細かい説明はここでは省こう。人が飲んだ酒の感想ほどどうだっていいものはない。彼はワインそのものの味よりも、そのワインを作るための葡萄を育てるのにどういった配慮をしているかということに重きを置いて説明をしてくれた。それは彼がバイオダイナミック農法といういわゆるオーガニック農法に基づいた、人の手を加えすぎずその土地に適した葡萄作りを志しているからだそうだ。そしてそのキーワードに上がった一人の人物の名前が"Rudolf Steiner"。


日本では「シュタイナー教育」として彼の教育思想の方が有名だけど、この「バイオダイナミック農法」についても彼の研究によって脚光を浴びるなど、その功績は大きい。Franz氏も彼の哲学に沿ったバイオダイナミック農法を実践することで、ハンガリーというワイン作りにおいて少し特殊な気候を持つ地域で優れたワインを生み出している、とのこと。シュタイナーの教えを彼なりに解釈して、さらにテクノロジーの面からも最も良いと思われる方法で丁寧に作るんだ、と彼は語っていた。一通りの説明と質疑が終わり、セミナー終了。そこでおれは誰よりも早く…そう、アジリティと動き出しの早さには定評があるおれは、彼の元へ突っ走っていった。


「ワイン作りしたいんだ。あなたのワイナリーに行っても?」
「おお。いいよ!」




内定もらった!




まあ、もちろん冗談だ…半分は。もう半分は本気だけれどね。農業を勉強していること、ワイン作りに興味があるということ、ハンガリーでのワイン作りについて、そしてクールなエチケットはあなたがデザインしたのか、ということを拙い英語で矢継ぎ早に質問した。彼はそれに対して一つ一つちゃんと答えてくれた。名刺を渡してくれて、是非おいで、と言ってくれたので「そういうことを言うとおれは本当に行くよ?」と言うと彼は「大歓迎さ」そう言って笑ったのだった。試飲して美味しかったワインを一本買うと「これは僕からのプレゼントだ」と言ってソムリエナイフをもらったーこれもまたクールなデザインのものだ。お礼を言って、ついでにワインにサインをしてもらった。「サインなんかもらうと飲みにくくないか」と後ろで会話を眺めていたツナマヨ君が声をかけてきたが、なに、おれはあまりそういうことに執着はないからね。飲んでボトルを置いておくさ。


本当に短い時間だったのだけれど、彼の人柄もあってか大変素敵なセミナーだった。それ以上に、何か不思議な縁を感じたのだ。今おれが働いているレストランのコンセプトもバイオダイナミック農法で、それはおれが農業の勉強をしていて感じた「農業に今必要なこと」に最も近いということ。そして実はおれも幼少の頃シュタイナー教育の哲学に基づいた学校に通っていたということ、あとは東欧の血がおれには少し混じっているらしいということ(!)。




そういうことで、なるべく近いうちにまた鞄一つ抱えてヨーロッパへ旅に出ようと思う。