time deletion mutation

この頃になると日を追うごと朝方に目を覚ましてからソファを立ち上がるまでの動作が緩慢になってしまうのは恒温動物であっても避けられない宿命であり、そんなこちらの事情はお構い無しに定刻きっかりにスリープから復帰して目覚まし代わりの音楽を爆音でスタートさせるMacが少し恨めしい。もう11月である。日がな研究棟に幽閉されているため今年はこと季節感が薄れてしまって非常に物足りない気分を味わっていたけれど、居室から歩いて行く先の駐輪場を照らす夕日が日々弱くなるのを見て、そろそろクローゼットからジャケットを出さなくてはいけないなと思いついた。こちらは年中裸の相棒に、寒かったろう、待たせて悪いな、と話しかけながら解錠、ライト点灯。ふうと一息ついてから自転車に跨がる。最近は、一日が終わるのがとても早い。


こんな感覚を覚えるのはおれが年をとった証拠かな…なんて考えていたら年長者の人に嫌な顔をされるかもしれないね。だけどそうなんだと思う。Clock geneの発現が変化するほどまでは年老いているつもりはないけれど、社会的な変化、いわゆる「大人になる」ということと、一日の時間の流れに対する感じ方って相関があるんじゃないか、と思ったわけだ。


学生の時分は、お金はなくともたっぷりの時間があった。自分のやりたいことには何にでもトライ出来るだけの時間があったし、 おれも実際にそうしていた。自由にリソースとして使える時間、余裕があって、だからそういった時間をmanageする、またその必要があったんだけれども、そうやって自分が時間を支配している時というのは、集中して作業をこなし終えた後、一瞬で何時間も過ぎたかのように感じても、それをポジティブに受け止められていた。だけど社会人、あるいはそれに類する身分に至ると、往々にして自由に使える時間というのは減り、誰かのために自分の時間を提供しなければならなくなる。仕事というのはそういうものだ。結局のところ究極的に「その人にしか出来ない仕事」というものは存在しなくて、誰しもが平等にその人の持つ時間を切り売りすることで対価を得ているんだとおれは思う。ともかく、そうやって自分ではない誰かのために自分の時間を費やすとなると、それによって為されることが自分のものとして落とし込めないようなものの場合は特に、提供した時間に対してそこから得た対価以上の価値を見出せなくなる。そうすると、同じように集中して作業することで時間が一瞬で過ぎても、そこに意義を感じられず、結果「何故だか一日がすぐに終わってしまった」と感じてしまうことになる。「やりたくないがやらなくてはならない」シチュエーションが多い、むしろそういったことを根気よくこなす人間が立派な大人だと褒められるのがこの国の社会だ。新鮮さが失われ、思考が鈍り、単純なループに嵌っていくのが一般的な歳の取り方だとすれば、だから大人になるほど時間が経つのは早く感じられる。そう考えると、知らない間におれは大人になってしまったのかもしれない。


だけどそれは嘘だ。実際のところ年齢や身分はこの場合全く関係ない。「自分の方から仕事に向かう」という明確な意志とそれに対する意義を把握した状態で望めば、費やした時間も自分のものと出来るけれど、「仕事が次々やってくる」という類いの追われているかのような意識、認識だと、それをこなしても、後に残るのはちょっとした安堵感くらいのもので、使った時間をポジティブに受け止められない。自分から攻めるか、あくまで受け身であるか。その行為への入り方、姿勢こそが時間の感じ方を変えるのだと思う。大学生でも特に強い意志もなく怠惰に4年間を過ごしていれば「気付いたら卒業だった、あっという間の大学生活だった」なんて言うだろうし、仕事でもプライベートでも自分のすることに一つ一つ真剣に、高い意識を持って取り組んでいる社会人は一日一日を充実させて、一ヶ月くらい前のことでもそれを遠い昔のことのように語るだろう。学生だとか、社会人だとか、子供だとか大人だとかそういうことではなくて、本質はその人がどう在るかということでしかない。だからおれが最近は時間が経つのが早い、ここ半年何をしていたっけ、という風にふと考えてしまったのは、おれが大人になったとかそんなわけでは全然なく、ただ単にこれまでの仕事を自分のこととして捉えきれていなかったからなんだと思う。


自分のやっていること一つ一つに意義を見出すこと。それが大事だなんて誰も疑わないだろうし否定もしないだろうけれど、それは実はとても大事なことで、それを怠ると、仮に長生き出来たとしても、嫌々ながら、あるいはなんとなく、という考えで過ごした時間は、その人の人生には残らない。与えられた一日の時間は皆に平等だけれど、実際にその時間を自分のものと出来るかどうかはその人次第だ。だから限られたその時間を全て自分のものとするには…攻めの姿勢しかない。時間に追われるな、時間を追え!ボールを走らせろ、ボールは疲れない!3点取られても4点取り返せば勝てるのがサッカーであり、サッカーは人生だ。3点取られたことに気付けただけでもマシだと思うしかないね。さあ、前半の魔の時間帯、集中して行こうぜ。