Per te, amore mio.

ラジオから流れる音楽は四畳半の部屋を満たすには十分でも、彼女の眠りを妨げるほどではなかった。二人分の体温で温められたブランケットからそっと抜け出して、静かに上下する肩へとかけてやると、んっ、と小さな声が漏れた。目を覚まさないように、そっと頬にキスをすると、彼女は嬉しそうな顔をして、また気持ちよさそうに眠りに落ちていく。寝息が再び元のリズムを取り戻したのを確かめてから、立ち上がってキッチンへ向かった。
ベッドに戻り、静かに体を揺らして彼女を起こす。マグを手渡すと、顔を上げ、目をこすりながら、か細い声でありがとう、と彼女は言った。両手でマグを握って、息を吹いて冷ましているその顔を見ていたら、問うような視線を向けられる。何もないよ、と笑顔で返すと、安心したように彼女は温かいミルクティを一口含んで、おいしい、と呟いた。おはようございます、お嬢様、と冗談めかして応えると、彼女はまた、幸せそうに笑った。
今日はどうしようか、というおれの問いに、どうしようか、と楽しそうな声が返ってくる。もう少し寝る、と宣言した彼女を追って、再びベッドに潜り込んだ。小さな枕に頭を並べて、お互いの吐息が顔にかかる距離で、でも小さなベッドに二人で寝るといつもこうで。狭いね、と笑いながら言う彼女を、でも一人で寝るには広すぎるよ、そう呟いて抱きしめた。


こんな日がずっと続けばいいと、何も考えずにずっとこうしていられたらいいと思っていたけれど、だけどそれはきっと叶わない願いだとも思っていた。こんな時間が持てるのも今だけで、やがてはそうすることが許されないところへ行かなくてはいけないと思っていた。だから手を放して、辛くても自分に言い聞かせて、この時間は思い出として持っていられればそれでいい、と。だけどそれは間違ってた。そんな時間を、ずっと続けていくための覚悟が足りなかっただけ。大切なものを、いつか壊れてしまうんじゃないかと怯えながら持ち続けることを恐れていただけ。手を放しても、胸に残った温かさはいつまでも消えずに、放してしまったことをいつまでも後悔させる。だから、決めた。もう一度、あの日に戻れるように。次は絶対に、離さない。