Even a dog can't eat it


料理の話。


食欲という欲求はおそらく全生物が持ちうるもので、それはすなわち個体の生存本能に起因するものなのだろうけれど「美味しいものを食べたい」という感覚がここまで高度に発達しているのは人間だけなのではないかな。生物が快楽を覚える事柄はほぼ全て、生存に必要、或いは有利になるようなことを進んで自ら行うように仕向ける、ゲノムに仕組まれたシステムでしかないという話も、美味しいと感じるものは身体が欲しているもの、hungry is the best sourceということもあるんだけれど、それだけであれば文化としての料理はここまで進歩しなかったとも思う。人間のすごいところっていうのはこういうところ、最もゲノムから離れたところに立っているということで、だって人間毎日星付きのフレンチのフルコースを食べなくったって生きていけるのにね。


人間はそれまで自然界に存在しなかった様々なものを創り出すことが出来たこの星で唯一の生物だけど、その中でも料理っていうのはすごく特殊な性格を持っている。そこには人間の手が加わっているのだけれど、確かに自然界のものの性格を残していて、しかも優れた料理というものは、調和性、合理性、そういった自然を支配する根底の法則を確かに感じることが出来る。だから他の文化や文明と違って、価値観が変わったから、技術が進歩したからといって爆発的に何かが変わるわけではない。自然の法則が残らないほどに人の手が加わったものが必ずしもいいとは言えないからだ。例えば白米に海苔が合う、この組み合わせは野のものと海のもので、人の手が加わらなくては実現しなかったものだけど、じゃあ何でもかんでも米に乗せれば美味いかというとそんなことは当然ない。それにじゃあ、野のもの同士を組み合わせたら全てうまくいくかというとそういうわけでもない。料理の組み合わせというのは大体の場合において、お互いの足りない部分を補完しあうような面があって、それは例えば種間における遺伝的な多様性であったり、共生であったり、自然界にあるシステムの一部の名残なんだと思う。似たもの同士を繋げても、それは属性の増幅という点でしか意味をなさなくて、メリットよりもデメリットの方が大きい。お互いが違う長所を持っているからこそ、それぞれの短所を補ったり、様々な場面で助け合うことが出来たりして、そこで初めて組み合わせに意味が生じる、という具合にね。