不器用な君へ


煙草を止めた。


結局のところそれはおれには似合わないと思ったからだ。いくつでも考えられる煙草を吸う理由はしかしそのどれもがおれに合っているとは思えなくて、だったら理由もないのに別に無理をして続ける必要もない。だから、止めた。簡単な話だ。空腹を満たすために、仕事をサボるために。格好つけるために、交友関係を円滑にするために。辛いことから目を背けて、気を紛らわすために。美味しいご飯を作るのが趣味で、夢中になって打ち込める仕事があって、喋らなければいつでも男前だと言われて、お節介で世話焼きだから自然と多くの人と関われるおれは、辛いことでも面と向かって、そして受け入れると決めたから、だから、止めた。


吸い込んだ煙で肺を満たして、それで心まで満たしたつもりになっても、吐き出した後の胸には喪失感しか残らない。欠けてしまった何かが埋められると信じて続けても、ぼうっとした頭に充足感が湧くことはない。苦しさを取り除こうとして、却って深みに嵌っていく。そうやって沈んだ先にはきっと、絶望しかない。


壊れたものは直せない。失ったものは戻らない。一度知ったことを忘れることは出来ない。それらはどうしようもないことだ。どうしようもないということは、それに対してもう何かをする意味はないということだ。どうしようもないことの前で、どうしようもないまま立ち尽くして天を仰いでも、それがどうにかなることはない。直さなくていい。戻さなくていい。忘れようとしなくていい。それを抱えたまま、別のところへ歩き出せばいい。無意識に取り出した煙草を見て、どうしようもない味を思い出して、それをポケットに捩じ込む。何も咥えずに深く吸った息が、また前を向く活力を与えてくれた。