Special


連休のある日、二人でふらりと代官山へ出かけた。昼間は日照りが強く、汗ばむほどに気温の高かったその日も、日が沈んで辺りが暗くなり始めた頃には随分と過ごしやすくなって、時折吹き抜ける涼しい風が、歩き疲れた身体に心地良い。左腕に絡められた細い腕から伝わる体温は、空気が冷えていくほどにはっきりと感じられて、それがずっと、あてのない散策の時間を長引かせていた。何気なく隣に目を向けると、小さな横顔がこちらの視線に気が付いて、にっこりと微笑む。周りの人々がこちらを見ていないことを目だけで素早く確認して、そっとその頬にキスをすると、彼女はまた、嬉しそうに笑った。


ふと、彼女が口を開いた。「誕生日のプレゼント、何が欲しい?」誕生日か、もう来月なんだね。特に欲しいものはないかなあ、とおれは応える。そんなことにお金を使わせるわけにはいかないし、一緒に何か美味しいものが食べたいな、と言うおれに、でも、と不満げな表情。そうだねえ、としばらく考えてから、でもやっぱり誕生日にはプレゼントはいいかな、と呟く。彼女が不思議そうな目でおれの顔を見た。薄闇に浮かんだ綺麗な顔を見ながらおれは言う。ほら、誕生日ってさ。それだけでもう特別な日じゃない。プレゼントをあげたり貰ったりするなら、なんでもない普通の日がいいな。だってそしたらその日が、そのプレゼントを見るたびに思い出す特別な日になるでしょ。そんなおれの言葉を聞いた彼女は、少し驚いたような、"珍しくいいことを言っている"、とでも言いたげな表情。なんだよなんか文句あるか、と小突いて、二人で笑った。「これまでにも、さ。なんでもない日にあなたから貰ったものが、その日の記憶をずっと留めてくれてるんだよ」。それってすごく素敵なことじゃない?すまし顔で言ってのけると、そうだね、と彼女は笑った。それにつられて笑いながら、おれは思う。でも、それが本心なんだ。そうやってずっと一緒に過ごしていけば、やがて毎日が特別な日になって、きっと毎日楽しい気持ちでいられるようになる。そんな風に、いつも二人で幸せに、笑いながら過ごせる日々。それが何よりも今、欲しいものだから。