ヒールを履いて山登りなんて信じられないと思っていたら彼女はおもむろに靴を脱ぎピンヒールを岩に突き刺して断崖絶壁を登っていった


友人達がこぞって富士山に登っている。次の大河ドラマ竹取物語でもやるのかと思ったらそうではないらしい。最近はパワースポットとやらが流行っていると聞いた。じゃあ、霊峰富士に何かしら超自然的エネルギーを浴びに行くのか、と尋ねると、いや、別に、と。「そこに富士山があるから」。そりゃあ、急に富士山がハワイにバカンスに行ったりはしないだろうけども。


「同級生には学生時代も今年で最後という奴は多いし、学生最後の思い出を作りたいなんて思ってる奴は多いんじゃないの」とはおれの友人の弁である。それはそうかもしれない。社会人になったら学生のように遊ぶことは出来なくなるから、"最後の夏休み"は思い出に残る時間を過ごしたい、と考える学生を引き寄せるのに、富士山は十分魅力的である。なにしろ日本で一番高いのだ。しかしそこで「学生最後の夏休みなのだから、世界一高い山に登りたい」と言ってチョモランマ登頂に向かう学生は未だに聞いたことがない。チョモランマを踏破しようとすれば生半可な体力や装備では不可能で、しかも命を落とす危険すら孕んでいるのだ。いくら人生最後の自由時間だからといって命を賭して記憶に残る時間を体験したいと思う学生は少なかろう。そういった意味で、富士山に登るというのは「カジュアルにナンバーワンを体験出来る」という、ファストフードやインスタント食品に慣れ親しんだ現代の若者ならではのチョイスではなかろうか。なんということだ。富士山の権威が貶められている!


しかし、富士山はともかくとして、学生最後の夏休みが好き勝手出来る人生最後の時間、っていう、そういう人生はおれはちょっとなあ。学生だろうが社会人だろうが遊ぶ時は好き勝手遊びたいし、高い山に登ろうと思った時はエベレストを目指すような、そんな人生がいいね。